和田一浩の生涯年俸や引退試合について調べた!昔はイケメンだったみたい。引退後は指導者になるのか
プロ野球セ・リーグの中日ドラゴンズで
プレーをしていた和田一浩選手が
今シーズン限りでの引退を表明した。
2000本安打を達成したっことも
あってすごいなって思っていたので
本当に残念な気持ちではあるね。
そんな今回は和田一浩選手について
いろいろと気になったので調べてみた!
~和田一浩選手について~
和田 一浩(わだ かずひろ)
生年月日:1972年6月19日(満43歳)
出身地:岐阜県岐阜市
出身校:岐阜県立岐阜商業高校(県岐阜商)
出身大学:東北福祉大学
血液型:O型
身長:182cm
体重:90kg
ポジション:外野手、キャッチャー、ファースト
投球・打席:右投げ右打ち
所属球団:中日ドラゴンズ
背番号:5番
(2015年9月17日現在)
野球を始めたのは小学校3年生の
頃からだった。
高校は現在では甲子園の常連校と
しても知られている地元岐阜県の
県立岐阜商業高校、通称「県岐阜商」
へと入学していった。
そしてこの当時の和田選手のポジションは
キャッチャーでした!
2年生の時には春のセンバツと夏の甲子園に
連続で出場をしていた経験をもっていたけれど、
この当時はまだ控えのキャッチャーとしてだった。
そして高校卒業後は東北福祉大学へと
進学していって、仙台六大学野球連盟
のリーグでは首位打者1回、ベストナイン2回
の成績を残していて、4回生の時にはチームの
キャプテンも務めていた。
大学卒業後はプロにはならず、社会人野球の
神戸製鋼へと就職をしていきました。
それでも1996年のドラフト会議では
強打の捕手として西武ライオンズから
4位指名を受けて見事にプロ野球選手
へとなっていきました!
~プロ入り後~
1997年から西武ライオンズへと
入団をしていった和田選手だった
けれど、この当時はまだポジションは
キャッチャーで、また当時の西武ライオンズ
のキャッチャーには
伊東勤選手(現:千葉ロッテマリーンズ監督)
中嶋聡選手(現:北海道日本ハムファイターズ)
などの強力な名捕手が在籍していた
ために捕手としてではなく主に代打
として出場していた。
そして2年目以降からは自身の打撃を
活かすために徐々に外野手へと
シフトチェンジしていった。
そして徐々に頭角を表していって
2002年からは見事に5番レフトでの
レギュラーに定着していった!
順調に活躍を続けていった後に
2007年にシーズンオフにはFA権
を行使して、小さい頃からの憧れ
だった中日ドラゴンズへと入団を
していきました!
地元が岐阜県ってことだから
中日ドラゴンズの本拠地にも
近いし、自然と好きになって
いったのかなって思った。
また高校時代の和田選手の
画像を見つけたんだけど、
けっこうなイケメンなんじゃ
ないのかなって思った。
なかなかの好青年って感じ!
そして、中日ドラゴンズ移籍後も安定した
プレーでレギュラーとして活躍していき
今年2015年には2000本安打も記録して
大学卒業後に社会人を経験して2000本安打
を記録したのは史上3人目だった。
また8月には史上3人目となるセ・パ両リーグでの
1000本安打も達成した!
そんな中での今シーズン限りでの
引退表明となった。
ちなみに現役生活での生涯推定年俸は
36億2,230万円(出来高は除く)
最高推定年俸は
4億円(2011年)
だった。
また和田選手の引退試合(引退セレモニー)
がいつになるのかってゆうことだけど、
まだ正式には発表はされてないみたいだった。
でも、今年の最終戦は10月2日の
広島カープ戦をマツダスタジアムで、
本拠地ナゴヤドームでの最終戦は
今月24日のヤクルトスワローズ戦って
なっているから恐らくはこのどちらかに
なるんじゃないだろうかって予想している。
プロ生活が19年間ってことだったけれど
本当にお疲れ様でした!
~最後まで読んでいただいてありがとうございます!~
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それではまた!
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